留学生に知ってほしい「日本食」 第1回 松茸の土瓶蒸し
著者:宇田川敬介
第1回 松茸の土瓶蒸し
今回から、留学生にぜひ知ってもらいたい「日本の料理」についてお伝えしたいと思います。
日本料理は、そもそも「味覚」は当然のことながら、「目」で楽しみ、「音」を感じ、「舌触り」にこだわり、そして「香り」を聞く料理であると言われているのをご存知でしょうか。
その人の感覚すべてを研ぎ澄ませて、「感じる」ことが料理の基本なのです。ただ食べてお腹が膨れるだけでよい、といえば餌と同じになってしまいます。
「餌」と「料理」の違いは、そのように五感全てで感じて楽しむことなのです。
これはもともと、日本人が日本の神々の恵みを戴くにあたり、神々が感じた世界をすべて受け取らないともったいないという感覚から得た伝統的な考え方なのですね。
第一回目は、やはり日本の味覚の代表格である「松茸」です。
そもそも、松茸というのは、アカマツの林でしか取れません。そのうえ、気候も適していなければよいものは取れません。それだけ貴重な茸ということが言えます。
日本では、縄文時代から食べていたようです。また日本の古い歴史書にもありますし、日本最古の歌集である万葉集にも松茸に関する和歌が残っています。
「高松の この峰も狭に 笠立てて 満ち盛りたる 秋の香のよさ」(巻10‐2233 作者不詳)
古くから多くの日本人に親しまれていたのです。
ではなぜ松茸が秋の味覚の代表とされるのかと言えば、味もさることながら「香り」が非常に素晴らしいのです。そのうえ、日本では目出度いときに「松竹梅」ということを言うのですが、「まつたけ」という「松(まつ)」と「竹(たけ)」を合わせたような日本人の好きな「語感」もあり、「耳当たり」も良いのです。
古代は、趣向を凝らした料理はしなかったと思うので、基本的には「焼き松茸」が主流であったと思われます。忠訳酒ですが、香りや味、歯触りなどすべての感覚で最も松茸を味わえる食べ方です。
しかし、焼き松茸では少し料理として芸がありません。そこで「土瓶蒸し」という料理を紹介しようと思います。
土瓶蒸しとは、土瓶の中に松茸・銀杏・白身魚・鶏肉・三つ葉などを入れて、出汁を土瓶の中に入れて蒸して食べる料理です。料理の吸い物や汁物などの代わりに出すことが多く、その容れ物はお椀ではなく小さな土瓶を使うことが多いのです。
料理店で土瓶蒸しが出てくると、それまで色とりどりの器が揃う中に、突然茶色が飛び込んできます。
土瓶は、工夫を凝らしたり、装飾をあしらった漆器などとは違い、何の変哲もない模様も柄もあまり入っていない土瓶です。
特にきれいなお膳や、部屋の中のほかの掛け軸やつぼに比べて、一つだけ、妙に質素な容れ物が、かえって全体の中から浮き出てくるように目を引きます。
土瓶の上にはお猪口が乗っていることが多いですね。ふたの上にお猪口を乗せることで、土瓶の中を保温する効果と、お猪口そのものを温めて、冷めないうちに味わえる工夫になっています。
さてふたを開けてみましょう。このふたを開ける時が、もっとも楽しみのひとつです。その瞬間、出汁・銀杏・そして松茸の香りがその場に広がります。器が土瓶で注ぎ口があるので、あまり香りが強すぎず、他の料理の香りを消さないように工夫されています。香りも多く残ってしまうと他の料理の邪魔になってしまいます。他の料理とのバランスを考えるのも、日本料理の特徴です。
その料理人の気遣いによって、その香りはすっと受け入れられることができるようになるのです。
ふたを開けると、香りとともに、さまざまな具材が目に入ります。土瓶と同じく茶色の、鶏肉と松茸。そこに白身魚の白と、銀杏の黄色、そして最も若々しい三つ葉の緑が目に鮮やかに入ってきます。
外が茶色一色でも、中は変化に富んだ豊かな色と味を用意しているのです。
これはまさに「松茸」そのものを表していると言っても過言ではない表現ではないでしょうか。
そしてその中に、柑橘系の酢橘などを少し絞って中に入れます。このことによって「酸味」が加わり、すべての味が引き締まるのです。いや酸味を入れることによって、出汁の味と、さまざまに個性を発揮する食材を一つにまとめるということになるのです。
酸味というものは、「酸っぱい」という刺激によって「他の味を引き立たせる」という役目を持つ食材です。醤油では味が濃すぎるし、七味や山椒は、他の香りと混ざってしまう。その意味では「自然にあるもの」が最も味を引き立たせるのです。強すぎもせず、弱すぎもせず、その酸味が入ることで、すべての個性の強い食材の味と香りが、一つにまとまる。
まさに、バランスと「和」をうまく表現したものではないでしょうか。
出汁は、昆布や鰹節を基調にした合わせ出汁が一般的です。松茸に茸出汁を使ってしまうと、味がくどくなってしまいます。煮干しなどでは色がついてしまいます。
出汁というのは、味の中で最も良いものをお湯の中に出し、そして沸騰してえぐみが出ないよう、鰹節などまだ食べられる食材を捨ててしまうという「引き算」の料理です。
最もおいしいものをおいしいところだけを合わせる「いいとこどり」の料理とも言えます。
そこに、松茸や鶏肉など、本来出汁をとれる食材を入れるのである。その中の旨味をすべて出汁の中に入れ、香りや油など旨味を食材の中に残すのです。
もともとの「出汁」が「引き算」ですから、その上に個性の強い松茸や銀杏など、さまざまな食材を入れても成立します。
すべてが主張するのではなく、全てを受け入れる日本の文化の模範のような料理ですね。
その出汁をまず戴く。この中に「土瓶の中の小宇宙全ての旨味」が出てきているのです。
口の中には、まだ酸味で合わさったばかりのさまざまな食材の旨味が出汁の中に溶けてゆくさまが広がります。この、口の中ですべてが混ざって新たな世界が広がる料理を「口中調味(口中賞味)」といいます。
ここで自分の好みの世界と、料理人の表現したい味の宇宙が合わさるのです。ここで是非、皆さんには出汁という「液体」を「咬んで」もらいたい。ただ飲むのではなく、噛むようにして口を動かすことで、その空気が鼻に抜けるのです。
そしてより一層奥の深い「香り」を楽しむことができるのです。
この時に松茸の芳醇な香りが最も強いことに、きっと気づくに違いないでしょう。
普段なら、一つ一つが主役になれる力がある食材であるにもかかわらず、松茸以外の食材が松茸の香りの引き立て役になっているということに驚くはずです。
そして、土瓶の中に箸を入れて松茸を食べてみる。もちろん、もったいなくても一口で入れてもらいたい。
焼き松茸の時の醤油と同じように、松茸の菌糸の隙間に、多くの出汁を湛えた松茸は、松茸色に染めた出汁を提供してくれます。
それを、焼き松茸と同じように「奥歯で噛む」ことによって、舌に触る食感と、口の中に広がる松茸と出汁の香りを楽しんでもらいたいですね。
そして、一口飲んだ出汁との違いを感じていただきたいものです。
この違いが分かるようになると、日本人の「粋」という感覚が少し理解できるのではないでしょうか。
贅沢ではなく「粋」という感覚が、日本の中では「かっこいい」とされたのです。
留学生の皆さんには、ぜひ、「粋」を体験していただきたいですね。
考えてみれば、土瓶の中に入っている食材は、どれも「中に出汁を湛えて提供するもの」ではありません。その中で、松茸だけが出汁と喧嘩することなく、香りと味を提供してくれるのです。
本来「目」と「耳」でも楽しめるはずの日本料理。しかし、土瓶蒸しは外から見ただけでは、食材は見えていないし、また、耳でも楽しめないりょうりです。
しかし、ふたを開けてみると、三つ葉や銀杏の色合いで、目を楽しませてくれるし、また、奥歯で噛むことで、食材そのものの歯触りと音を楽しませてくれる。
出汁をかむことで、においが鼻に抜け、嗅覚も楽しませてくれます。そして、その味の奥深さと、料理人の作った世界に自分の感性が合わさり、贅沢ではなく「粋」を感じることで、心まで豊かになるのです。
外見ではわからないが、ふたを開けてみるとさまざまなものが見えてきて、奥の深さ、そしてたくさんの要素の合わさった複雑さを単純に楽しめる料理であると言えます。
皆さんもぜひ、土瓶蒸しを楽しめる機会があれば、お試しあれ。
日本食の奥の深さを楽しんで、粋な日本料理通になるために。
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